コラム
雑草という名の草はない ―牧野富太郎が見つめていた世界―
(サムネイル画:ガマズミ)
春からNHKで放映中の朝の連続ドラマ「らんまん」は、植物学者の牧野富太郎が主人公だ。街の真ん中に生える雑草を見かけるや、地べたに這いつくばって嬉しそうに話しかける牧野を神木隆之介が好演していて、私には今まで見たドラマの中で断トツの一番だと思われる。植物に対する底知れぬ愛、卓越した才能と探求心、学歴とは無縁のところでなされる見事な仕事、そして彼を愛する人々が繰り広げるドラマ、これらが実に多くのことを教え、考えさせてくれるのだ。
以前練馬区東大泉に住んでいて、家の近くには牧野の旧宅跡に作られた記念庭園があった。しかし当時の私は彼の仕事には関心がなく、植物に対する彼の愛情のことも知らず、庭園を訪れることもなかった。今になって残念な思いに駆られている。「もっと早く知りたかった!」。
1944年 牧野富太郎 (82歳)
「雑草という名の草はない」と語り、また「花のために、一掬の涙があってもよいではないか」(『植物知識』)と記す牧野の信念は、名もないままに地に生まれ、名もなく花を咲かせ、名もなく枯れてゆくどんな草木にも、かけがえのない生があり死があるというものであった。彼が日本各地で採集した植物標本は40万点を超え、命名した植物は1500にも上ると言われ、その図鑑・著作は今も版を重ねている。
彼が残した言葉は、草木に限らず地上の万物一切が本来美と力と聖性を宿し、我々の内に愛の心を呼び起こす存在であることを告げるもので、ただ植物学に限られる認識・言葉ではなく、広く我々の心を打つものばかりだ。以下に四つを挙げて、我々が自然と人間と世界と向き合う際の「導きの杖」とさせて貰おう。
「ここにまことに幸いな事には、草木は自然に人々に愛せらるる十分な資格を供え、かの緑葉を見ただけでも美しく、その花を見ればなおさら美しい。すなわち誰にでも好かれる資質を全備している。そしてこの自然の美妙な姿に対すれば心は清くなり、高尚になり、優雅になり、詩歌的になり、また一 面から見れば生活に利用せられ、工業に応用せられる。そしてこれを楽しむに多くは金を要しなく、それが四時を通じてわが周囲に展開しているから、何時にても思うまま容易に楽しむ事が出来、こんな良好なかつ優秀な対象物がまたと再び世にあろうか。」 (「牧野富太郎自叙伝」)
「草木を愛すれば草木が可愛くなり、可愛ければそれを大事がる。大事がればこれを苦しめないばかりでなく、これを切傷したり枯らしたりするはずがない。そこで思い遣りの心が自発的に萌して来る。一点でもそんな心が湧出すればそれはとても貴いもので、これを培えば段々発達して遂に慈愛に富んだ人となるであろう」 (同上)
ソケイノウゼン
「自然に親しむためには、まずおのれを捨てて自然の中に飛びこんでいくことです。そしてわたしたちの目に映じ、耳に聞こえ、はだに感ずるものをすなおに観察し、そこから多くのものを学びとることです」 (「牧野富太郎植物記Ⅰ」)
「今日私は飽くまでもこの自然宗教にひたりながら日々を愉快に過ごしていて、なんら不平の気持ちはなく、心はいつも平々坦々である。そしてそれがわが健康にも響いて、今年八十八歳のこの白髪のオヤジすこぶる元気で、夜も二時ごろまで勉強を続けて飽くことを知らない。時には夜明けまで仕事をしている。畢竟これは平素天然を楽しんでいるおかげであろう。実に天然こそ神である。天然が人生に及ぼす影響は、まことに至大至重であると言うべきだ」 (『植物知識』)
牧野が見つめていた草木の世界の奥深い本質が、そしてそれらに向かうべき姿勢がここには見事に言い表されている。彼にとり自然(天然)とは美と力と聖性を宿す神の世界であり、その本質を「おのれを捨てて自然の中に飛びこんで」極めようとする姿は、一級の科学者・芸術家・宗教者のそれであり、また生活者のそれだと言えよう。これらの言葉は、彼が残した植物図鑑と共に、今後も我々に実に多くのことを教え続けてくれるに違いない。(牧野の言葉の引用は『「好き」を貫く牧野富太郎の言葉』(青春出版社、2023)を利用させて頂いた。この本は牧野の言葉に関する的確な選択と解説の点で、皆さんにも広くお勧めしたい)
最初に挙げたNHKの連続テレビドラマ「らんまん」は、牧野と彼を巡る人間ドラマを中心に、そのユニークな仕事と生涯を浮き彫りにしようと努めている。そこには様々な虚構らしきものも含まれるが、また彼の実人生については毀誉褒貶も少なくないのだが、上にあげた言葉から浮かび上がる牧野像が歪められない限り、我々は楽しみつつ大切なことを多く学ばされるであろう。
最後に牧野が描いたヤマザクラを挙げておこう(『大日本植物誌』)。彼の仕事の在り方がストレートに現れ出た植物図であり、我々はここに見事な芸術家としての牧野も見出すであろう。一緒に彼の歌も挙げておく(『草木とともに』)。
桜は牧野がこの上なく愛した花で、故郷の高知佐川では春になると、地元のヤマザクラと彼が贈ったソメイヨシノが共に咲き誇っているという。東京の街を桜で埋め尽くすのが彼の夢だったそうだ。(江戸の桜については、間もなく取り上げる芭蕉の俳句も参照されたい)。
「歌いはやせや 佐川の桜
町は 一面 花の雲」
ヤマザクラ