コラム

2025.02.11

永遠からの呼び声(六) フェルメールの垂直線(3)

 

永遠からの呼び声(六) 

     フェルメールの垂直線(3)


はじめに

 フェルメールの絵を取り上げるのは、今回で3回目である。

3つの絵との出会いを年齢順に辿ってみると、「牛乳を注ぐ女」(2回目)との出会いがまずは20代半ば近く、1970年代になってからのこと。きつい取り組みが10年ほど続いた。更にこの絵を「マルタとマリヤの家のキリスト」とセットで捉え、フェルメールのイエス・キリスト理解の深化として考えるようになるまでには時間がかかった。40代半ば、1990年代になってからだ。「天秤を持つ女」(1回目)に衝撃を与えられたのは2000年、大阪天王寺の大阪市立美術館に於いてである。今回の「聖プラクセデス」と初めて出会ったのも同じ展覧会でのこと。20代半ば、40代半ば、50代半ば、そして今は70代も半ばを過ぎている。何事にも手際よい歩みの出来ない私がよく出た出会いの年代記である。

 この遅々とした歩みがなおも続いている今、改めて私が強く感じさせられているのは、フェルメールにせよドストエフスキイにせよ、またこれまで取り上げてきた芭蕉やバッハや顔真卿にせよ、一級の先哲との出会いは決して一度で終わるようなものでなく、その後の生涯を懸けた取り組みとなって、人間と世界と歴史についての理解が深められ、自分の生が作り上げられてゆくということである。我々の生は我々自身の主体性と努力によって作り上げねばならない部分が大きい。だが今の私には、それよりも遥かに多くの大きな力が私を、そして我々人間を作り上げてくれているように感じられる。それらの力とは、先哲や様々な人たちの助けと励ましは言うまでもなく、気付かずして我々の外から与えられるもの、例えば日々昼と夜が交代し、毎年違わず春夏秋冬が訪れるというようなことである。「永遠からの呼び声」は、あらゆるものから確実に響いて来るのだ。世界は実に奥深い。そして我々人間が認識すべきことは実に多い。



「聖ブラクセディス」との出会い 

        

                     

                   フェルメール 「聖プラクセディス」 1655? 上野西洋美術館           


 さて今回取り上げる「聖プラクセデス」。この絵と初めて出会った際、十字架を固く握り締め、殉教者の血を壺に絞り入れる彼女の悲しげで優しく美しい表情と、血と響き合う赤いガウンの質感が強く印象に残ったのを覚えている。だがこの時の私は、前々回記したように、「天秤を持つ女」の空間を貫く垂直線に余りにも強い衝撃を与えられたため、「聖ブラクセディス」をそれ以上問題とする余裕はなかった。一度に多くの対象を扱い切れない私の狭さである。更に2000年以降、60歳が近づくと、私はライフワークと思い定めていた『罪と罰論』と『カラマーゾフの兄弟論』との取り組みに集中し、ドストエフスキイと聖書以外の対象に力を向ける余裕は殆どなくなってしまった。それでも「牛乳を注ぐ女」 「マルタとマリヤの家のキリスト」 「天秤を持つ女」、これらとの取り組みからフェルメールが持つ宗教性、殊に彼のイエス・キリスト理解への関心が深まったこともあり、イエスの十字架を正面から描いた「聖ブラクセディス」と「信仰の寓話」も次第しだいに強く意識されるようになっていったのだった。

  殊に「聖プラクセディス」が私の注意を強く引くようになったのは、『カラマーゾフの兄弟論』(2016)が最後の追い込みに入った頃、つい10年ほど前のことである。2014年、ロンドンのクリスティーズのオークションで、この絵が日本人によって競り落とされ、翌2015年、東京上野の西洋美術館に寄託されたのを知ったことによる。これは日本に存在する唯一のフェルメール作品となったのだ。だがこれはフェルメール最初期の作品の一つと目されるものの、その真筆性については疑問も呈されていた。「聖ブラクセディス」の原画はイタリヤの画家フェリーチェ・フィケレッリが描いたもので(1640-50)、フェルメールはそれを模写したとされる(1655 ?)。だがこの模写が果たしてフェルメール自身によるものか、他の画家によるものかについて、詳細は省くが、様々な点で半世紀近くにわたり論争が続いていたのだ。この作品を寄託された西洋美術館も、常設作品として展示するにあたり、「ヨハネス・フェルメール(に帰属)」という奇妙で曖昧な但し書きを付している。

 

        

              フィケレッリ「聖ブラクセディス」1640-45

                                          

               フェルメール「聖ブラクセディス」1655?


 以上のような悩ましい問題があったものの、『カラマーゾフの兄弟』との取り組みが進むにつれて、私はそれまでフェルメールとの取り組みから感じさせられていたものが、(その主なものは前回と前々回の「コラム」に記した)、ドストエフスキイ世界と強く重なり合うのを感じるようになったのだ。

 『カラマーゾフの兄弟論』から私が痛感させられたこと、それはこの作品がイエス・キリストを正面に置いてなされる、主人公アリョーシャの宗教的成長の記録に他ならないということであった。テキストを読めば読むほど、ドストエフスキイがこの青年の内に刻み込んだイエス像が強く浮かび上がって来るのだ。(このことは本論の後半で記そう)。このテーマと取り組むことは、フェルメールのイエス・キリスト理解の深化を追うことと同じではないか・・・。私は「聖ブラクセディス」と『カラマーゾフの兄弟』の親近性を強く感じるようになり、更にはアリョーシャとブラクセディスとが、遠く時間と空間を隔てながらも、血を分けた兄弟姉妹だと感じるまでになったのだった。

 アリョーシャは頬の赤い健康なハンサム青年であり、ブラクセディスも憂いに満ちた美しい乙女である。だが私はこの外見だけから二人の親近性・血縁性を感じたわけではない。この絵と向き合い、ブラクセディスとアリョーシャについて思いを巡らせる内に、これら二人の若者を結び付けているものが、イエスとその十字架に他ならないと思うようになったのである。殉教者の断ち切られた首から迸り出た血を海綿で吸い取り、十字架と共に両手で絞って壺に注ぐブラクセディス ―― その表情は深い憂いと悲しみに満ちたものだ。だがそれは同時に愛情に満ちた優しさと美しさを静かに湛え、この場面を決して凄惨陰鬱な悲劇の場とはせず、殉教者を死を超えた永遠の生命と光の内に送り出しているかのようである。この姿は、ブラクセディスの姿としてであれ、或いは殉教者の姿としてであれ、やがてドストエフスキイが我々読者の前に示すアリョーシャの姿ではないのか・・・。私は二人が血を分けた兄弟姉妹だと感じるようになったと記した。だが正確には、十字架から流れ落ちたイエス・キリストの血を分ける兄弟姉妹だと記す方が、私が感じたものにより近いだろう。これら二人の若い男女こそ、フェルメールとドストエフスキイ、二人の創作活動の究極に位置する存在ではないのか・・・。


 今回は、極めて主観的だが、この感覚を出発点として、改めてイエスの十字架について考えてみたい。だがテーマは余りにも大きい。まずはマルコ福音書でこの問題を概観しよう。次に前回に続きフェルメールに於けるルカ福音書の十字架を確認し、更にアリョーシャに於けるヨハネ福音書の十字架を検討した上で、最後に「聖ブラクセディス」に戻ろう。叙述は簡潔を期したい。



イエスとその十字架

      ―マルコ福音書を貫く二つの炎


 極めて唐突だが、まず最初に私がマルコ福音書の世界に入って行く毎に感じる二つの炎について記したい。―― イエスの死から数十年が経ち、その生と死に関する様々な言い伝えや記録を集め、「福音」の書を著わすマルコの心に燃え上っていたのは、イエスに対する感動と、人間全てに対する怒りであり、それらは測り知れぬほど強い炎であったと思われる。

 前回、フェルメールの「牛乳を注ぐ女」を検討する際に強調したことだが、マルコ福音書を読んで我々が心を強く動かされるのは、「神の国」の到来を告げるイエスとは、「群衆」が 「牧ふ者なき羊の如くなるを甚く憐れみ」、彼らにひたすら慰めと励ましを与え続ける愛と憐みの人だったという事実である。ところがそのイエスと出会って感動し弟子として付き従った者たちも、絶えず無理解と躓きを繰り返し、果ては師をゴルゴタ丘上の十字架に追いやり逃げ去ってしまう。マルコは、そのイエスが十字架上で次のような叫びを上げて死んでいったと告げるのだ。

 

 「エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ」

  (わが神、わが神、なんぞ我を見棄て給ひし)

                   マルコ福音書十五34


この絶望の叫びを記すマルコとは、大いなる怒りの人以外の何者でもない。

 ―― 見よ、お前たちは、このイエスを十字架につけてしまったのだ!

同時にマルコとは、イエスの底知れぬ愛と憐みに心から感動させられ、その生と死を「福音」として延べ伝えようとしている人である。

 ―― お前たちは、このイエスの愛と憐みを受け止めるのだ!

 

    

      エル・グレコ 十字架のキリスト 1605 上野西洋美術館

        (「聖ブラクセディス」の近くに展示されています)


 十字架上での「エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ」。この叫びを記したマルコの内に燃える二つの炎 ―― 人間全てへの激しい怒りと、イエスに対する心からの感動。彼がそれを改めて冷静に記したのが福音書の中盤、イエスの次の言葉であろう。


 「人もし我に従ひ來らんと思はば、己をすて、己が十字架を負ひて我に従へ。

  が生命を救はんと思ふ者は、これを失ひ、我が爲また福音の爲に己が生命を

  うしなふ者は、之を救はん」

                     マルコ福音書八34-35 

 

 マルコは、やがて己が追いやられるであろう十字架上の死を予言したイエスが、その真意を理解しないペテロを「サタンよ、我が後に斥け」と激しく叱り飛ばした後、このように語ったと記すのである。前回も記したが、これがマルコ福音書のほぼ中央部に置かれた核心のメッセージだと考えられる。マルコはその叙述の全てをイエスの十字架に収束させ、彼の「福音」書を手に取る読者が、そして我々全ての人間が、イエスの十字架を凝視すること、そして自分こそがイエスを十字架に追いやったユダ・ペテロに他ならないことを自覚し、「己をすて、己が十字架を負ひて」イエスに従い直し、新たな生を開始することを迫るのだ。繰り返すが、マルコを貫くものが激しい怒りと感動であることを見落とすと、この福音書はイエスを巡り感銘深いエピソードを数多く伝える書物でこそあれ、我々はそこに込められたマルコが心に燃やす炎に触れぬまま、この書を閉じることになるであろう。

 

 パウロやマルコに続き、やがてルターやバッハが、更にはベーメやパスカルが、そしてドストエフスキイが、ひたすらイエスの十字架に焦点を絞って思索と創作を重ねてゆく。我々はその系譜の中にフェルメールも位置することを確認出来るであろう(★)。


福音書を、またドストエフスキイ世界を貫くものが、イエスの十字架への凝視であるとの視点 

 ―― これは私の師小出次雄先生の思想の核であり、そのエッセンスは「キリスト的空間論と

 しての ゴルゴタの論理」に記されている(驢馬小屋出版、1985)。恐らく日本で、これほど

 強靭かつ明晰な論理を以ってイエスの十字架について論じた文章は他にないと思われる。だが

 この論考は今では手困難なため、師の遺稿の整理が一段落してから、他の論考・作品類と共

 に、この「ドストエフスキイ研究会」のHPに順次掲載してゆく予定である。



フェルメールに於けるイエスの十字架

       ―「唯一つの」「無くてはならぬもの」を巡って


 フェルメールに於けるイエスの十字架については、前回「牛乳を注ぐ女」を取り上げた際に繰り返し言及し、十字架こそがフェルメール絵画の理解に於いて一つの鍵となることを強調した。以下で、この点を再確認しよう。

 「牛乳を注ぐ女」に先立つ「マルタとマリヤの家のキリスト」。この絵画が拠るのはルカ福音書が報告するエピソードであるが(ルカ十38-42)、ここでルカが示す中心メッセージは、マルタに向かってイエスが語った「無くてならぬものは多からず、唯一つのみ」という言葉であると考えられる(十42)。この「唯一つの」「無くてはならぬもの」に生命を懸け、ひたすら人々に「神の国」の到来を告げ、遂にはゴルゴタ丘上の十字架に追いやられたのがイエスに他ならない。

 他方、周知の如く、イエスに感動し直ちに彼に従った弟子たちは、その未熟さ故に様々な無理解と躓きを重ねた末に、遂には師を裏切り、十字架上に置き去りにして逃げ去ってしまう。マルコ福音書を始めとして、どの福音書もそれぞれにこの弟子たちの躓きのドラマを報告するのだが、そのドラマに於いて何よりも強く我々の関心を引くのは、師を十字架上に置き去りにして逃げ去った弟子たちが、その後体験したであろう深甚な罪意識の地獄と、その底で与えられたであろう赦しと救いの体験である。ところが前回記したように、イエスの十字架を巡る罪意識の具体的な経緯、いわゆる「ユダ的人間論」のドラマについては、どの福音書もその詳細を報告しないのだ。

 十字架上でイエスが上げた「エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ」。この絶叫の内に、イエスを裏切る人間への怒りを叩きつけるのがマルコである。しかしマルコは裏切りの弟子たちがその後辿ったドラマを具体的には報告せず、「空白」のまま福音書を終えてしまう。彼は「空白」を以って読者に自らの主体的な思索を迫るのだ(★)。これに対して新約諸書の大部分は、ルカがその福音書に続いて記した使徒行伝のように、むしろ赦しと救いを与えられた後、ペテロら弟子たちが「使徒」として演じることになった栄光のドラマ、いわゆる「キリスト論」のドラマの方を前面に押し出すように思われる。 


(★)マルコの「空白」の手法については、拙論「新約聖書のユダたち」を参照。

  (河合文化教育研究所HP、2020)。


 しかしだからと言って、ルカや他の新約諸書の著者たちが、弟子たちの無理解と躓きのドラマを意図的に覆い隠したと考えると、他ならぬ我々こそが「無理解と躓き」の陥穽に嵌まることになるであろう。彼らは皆それぞれの立場から、「ユダ的人間論」と「キリスト論」を記しているのであり、我々読者は彼らの視点と叙述を曇りのない眼で捉え、イエスの十字架を巡るドラマについて正しい理解を得るよう努めるべきであろう。

 例えばルカが記すゴルゴタ丘上には、イエスを中心として三本の十字架が立てられ、釘付けにされた二人の罪人が、同じく釘付けにされたイエスと、死の直前に壮絶かつ感動的なやり取りを繰り広げたことが報告される。つまりルカによれば、一方の罪人はイエスになお烈しく毒づき続けたのに対し、他の罪人は自らの罪の赦しを請うて赦されたとされるのだ(ルカ二十三39-43)。十字架上のイエスを挟んでの地獄と天国。ルカが示す「ユダ的人間論」のドラマの核心とも言うべきこの場面を前に、我々は自分が果たして左と右のいずれの罪人であるのか、他人事のように考えることを許されない。

 更に『カラマーゾフの兄弟』である。この作品最後のピークの一つ「イワンの悪夢」(十一9)に於いて悪魔が暴露するのは、「叛逆」の人イワンとはモスクワで聖書を熟読する青年であり、しかもルカ福音書が報告する三本の十字架に目を釘付けにされていたという事実である。イワンもまた、後述のアリョーシャと同じく、十字架に釘づけにされたイエスを凝視し、その前に立つ罪人たる人間の運命について思索を重ねる青年だったのだ。その後彼が創作した「大審問官」の劇詩(五5)とは、ルカ福音書でイエスに毒づき続けた罪人こそ、人間の現実の姿に他ならないことを再確認すると共に、人間の如何なる罪をも超えて注がれ続けるイエスの愛と憐みを、大審問官への接吻として描いた作品である。肯定か、否定か。イエスへの愛と憎が激しく交錯するこの劇詩について、アリョーシャは兄イワンのイエス・キリスト讃美だと叫ぶ。しかしこの後イワンがスメルジャコフと共に辿るのは「悪業への懲罰(カラ)」の道、父親殺しとその罪に苦しめられる否定の泥沼である。我々は前回、キリスト教の成立から18世紀もの年月が経ち、専ら「ユダ的人間論」に的を絞り、人間の罪と赦しの問題を「悪業への懲罰(カラ)」のドラマとして徹底的に追ったのが、他ならぬドストエフスキイであることを確認した。『カラマーゾフの兄弟』に於いて、この作家が罪意識の地獄を底の底まで歩ませるのがイワンであり、スメルジャコフである(★)。

 

 (★)拙著『カラマーゾフの兄弟論』(河合文化教育研究所、2016)と、それに続いて書き

   上げた「スメルジャコフ論」(河合文化教育研究所HP、2020)は、イエスの十字架を

   前にした「ユダ的人間論」のドラマを中心に据え、ドストエフスキイに於けるキリス

   ト教思想の精髄を浮き彫りにしようとしたものである


 マルタには些か酷かもしれないが、彼女もまた「唯一つの」「無くてはならぬもの」を巡り、かつてユダやペテロら弟子たちが演じ、やがてイワンやスメルジャコフが演じるのと、基本的には同じドラマを演じたと言えるであろう。前回我々は、フェルメールが「マルタとマリヤの家のキリスト」と「牛乳を注ぐ女」という数年の時を隔てて描いた二つの作品により、マルタの躓きと起ち上がりのドラマを追ったのだと考えた。つまりフェルメールはドストエフスキイに200余年も先んじて、福音書殊にルカ福音書が提示するイエスの生と死の核である十字架を前に、「ユダ的人間論」と正面から取り組んだ芸術家と考えられるのだ。少々大仰な言い方が続くが、「マルタとマリヤの家のキリスト」は、まずはイエスが「無くてならぬものは多からず、唯一つのみ」という言葉を発した瞬間が鮮やかに切り取られた絵画として、またその遠景にはマルタの不平を介してイエスの十字架が臨まれる絵画として、更にやがてはイワンの「大審問官」の劇詩と「悪業への懲罰(カラ)」のドラマが生まれる原点として、我々の記憶に留められるべきであろう。

 

 フェルメールは、その画家としての経歴の出発点近くで、今は失われてしまったが「(イエスの)聖墳墓詣り」を描いたとされる。それに続いて「聖ブラクセディス」、更には「マルタとマリヤの家のキリスト」、数年後の「牛乳を注ぐ女」、更には「天秤を持つ女」、そして「信仰の寓意」である ―― これらからフェルメールが如何に深く福音書を読み込んでいたか、殊に十字架を中心として、イエスの生と死に関わる主要テーマに如何に的確に焦点を当てていたかが伺われる。しかも上に挙げた作品からも分かるように、彼はそれらが主として女性たちによって演じられたドラマであることも深く理解していた点で、近年のいわゆる「フェミニズム神学」の先駆者であるばかりか、既に完成者だとさえ言えるであろう。これらを可能にした条件の一つとして、フェルメールが画家としての経歴を伝統的な「物語画家」として始め、その画題を聖書の内に求めたことが考えられるであろう(小林頼子『フェルメール論』、八坂書房、1998)。しかし何よりもその作品自体が、聖書理解の深さと卓越した技法との点で、彼が真正の宗教思想家であり芸術家であることを物語っていると言うべきであろう。


                         

               フェルメール ブラクセディスが握る十字架


アリョーシャに於けるイエスの十字架

           ―「出家」を思い立った青年が向き合ったもの ―

 

アリョーシャについても記しておきたい(★)。


(★) アリョーシャと聖書、殊にイエスとの関係に加えて、その兄イワンがモスクワで一人続けた

   聖書との取り組みと、そこから彼が掴み出した思想、殊に「大審問官」に於ける十字架理

  について、以前私はロシア文学を学ぶ大学生を対象に語る機会があった。 以下に記すのは

  そのアリョーシャ論を基にしたものである。イワン論も含めて詳細は、以下の河合文化教育

  研究所HP所載講演録を参照されたい。

   「アリョーシャとイ ワンの聖書 ― モスクワ時代、イエス像構成の一断面 ―」

     (早稲田大学ロシア文学会主催、早稲田大学ロシア研究所・日本ロシア文学会共催、2014)

        

 「ある家族の歴史」と題された『カラマーゾフの兄弟』第一篇は、筆者によって主人公たちの性格と出生からの歴史が簡潔に報告され、この作品の重要な道案内となっている。ここで末っ子のアリョーシャは「他人への信と愛と善意」に立つ青年であること、「赦す人」ではあっても決して「軽蔑や批判や裁きをしない」こと、つまりこの上なく善良で純真な若者であることが強調される。その上でこの青年は 「ユローヂヴィ(宗教的痴愚) 」というロシア独自の宗教性を持つことが明かされ、注意すべきことに、高等中学校の卒業まで一年を残して「出家の決意」をしたとされるのである。筆者はこの決意について、二度にわたりほぼ同じ言葉で、次のように説明する。


 「その時、そのことだけが彼に感動を与え、俗世の憎悪の闇から愛の光に向かって身を  

  引き剝がそうとしていた彼の魂の、いわば究極の理想と思えたからである」。

               『カラマーゾフの兄弟』一4


 更に筆者は追い討ちをかけるかのように、アリョーシャが「真理を目指す現代青年」であり、そのためには「命を犠牲にする」ことも厭わなかったと記す。この「命を犠牲にする」という言葉は『カラマーゾフの兄弟』のエピグラフ、イエスの「一粒の麥」の死の譬えと呼応し、この作品を縦に貫くキー・ワードと言えるであろう。

イエスの言葉は、次節も含めて以下の如くである。

 

 「誠にまことに汝らに告ぐ、

    一粒の麥、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん。

    もし死なば、多くの実を結ぶべし。

    己が生命を愛する者は、これを失ひ、

    この世にてその生命を憎む者は、之を保ちて永遠の生命に至るべし」

                ヨハネ福音書十二24-25


 24節と25節を更に広い文脈の中に置いて見よう。するとこの二節が置かれたヨハネ福音書十二章とは、いよいよエルサレムに乗り込み、十字架上の死を目前にしたイエスが報告され、いわゆる「受難史」の具体的な出発点、福音書構成上の決定的な転換点であることが明らかとなる。ここで福音書記者ヨハネは、十字架と直面したイエスが、弟子やその他の人々に対し、彼らが「永遠の生命」を得るためには自分に従う覚悟をし、己の生命を「一粒の麥」として投げ出さなければならないと迫ったと記すのである。

 改めてこの福音書の骨格を確認しておこう。まずはイエスの十字架と「一粒の麥」としての死。そしてイエスに与えられる死を超えた「永遠の生命」。次にイエスを十字架に追いやった弟子たちが負うことを迫られる十字架と「一粒の麥」としての死。そしてその先に与えられる赦しと「永遠の生命」。更には福音書の読者が負うことを迫られる十字架と「一粒の麥」としての死。そして彼らが与えられる「永遠の生命」――『カラマーゾフの兄弟』のエピグラムが指し示すものとは、これらイエスを巡る何重もの十字架と「一粒の麦」としての死、そして死を超えた「永遠の生命」の付与であり、これがヨハネ福音書の主たる骨格であり、また中心メッセージだとも言えよう。先に見たマルコ福音書・ルカ福音書と基本的に同じ構図であり、同じメッセージである。ドストエフスキイは主人公アリョーシャを、正にこの磁場の内に置こうとしているのだ。


 「ある家族の歴史」に於いて、主人公アリョーシャがイエスの十字架の磁場にいる青年であることを示した後、ドストエフスキイは更に進んで、この青年が如何にイエスと向き合っていたかについて、その内面深くに入り込んで説明をする。この点も確認しておこう。

 筆者は「聖書にはこう記されている」と前書きをし、アリョーシャが出家にあたり次のようなイエスの言葉と向き合ったと記すのだ。

 

 「なんぢ若し全からんと思はば、一切を分ち與へよ,かつ來りて、我に従へ」


続けて筆者は、このイエスの言葉を受けたアリョーシャの心をこう記す。


  「《一切》の代わりに、2ルーブリを与えたり、

   《我に從へ》の代わりに、ただ礼拝式に通うだけなど僕には出来ない」


 「宗教的痴愚」とも呼ばれる青年アリョーシャの「一切か、無か」、遠くイエスの十字架を見据えた一途で厳しい精神が、作品の冒頭ではっきりと示されるのだ。

 

 ところでアリョーシャが向き合ったイエスの言葉とは、新約聖書のどこから採られているのだろうか? ―― 実はこのイエスの言葉を新約聖書の中で確認しようとしても、どこにもこれと正確に対応する言葉は見出せない。この言葉は福音書を基に、ドストエフスキイ自らが再構成したものと考えられ、しかもこの再構成の内にはドストエフスキイ自身のイエス理解が潜み、主人公アリョーシャに託す思想が込められていると考えられる。この点も確認しておこう。 

 以下にイエスの言葉を (1).「アリョーシャが向き合ったイエスの言葉」と、(2).「共観福音書が記すイエスの言葉」とに分け、 更に両者の違いがより明瞭になるように、 (1)と(2)の対応する部分には下線を付して、全体を俯瞰してみよう。

 

 (1).アリョーシャが向き合ったイエスの言葉 

    「なんぢ若し全からんと思はば、一切を分ち與へよ,かつ來りて

     に従へ」 

 

 (2).共観福音書が記すイエスの言葉 

   ★マタイ福音書 (十九21)  

    「なんぢ若し全からんと思はば、往きて、汝の所有を賣りて、貧しき

     者に施せ、さらば財寶を天に得ん。かつ來りて、我に從へ」  

   ★マルコ福音書(十 21)  

     「往きて、汝の持てる物一切を賣りて、貧き者に施せ、然らば財寶

     を天に得ん。 かつ來りて、十字架を負ひて我に從へ

   ★ルカ福音書 (十八22) 

             「汝の持てる物一切を賣りて、貧しき者に分ち與へよ。然らば財寶

     を天に得ん。かつ來たりて、我に從へ


 これらイエスの言葉が置かれた福音書の「大きな文脈」はどのようなものか。

 マタイ十九章、マルコ十章、ルカ十八章 ―― どの福音書においても、この言葉が置かれているのは「イエス受難史」の流れの中である。エルサレム入城を前に、いよいよ迫り来る自らの受難、即ちゴルゴタ丘上の十字架を視野に入れたイエスが、弟子たちや人々に対して、「永遠の生命」を得るためにはどのような覚悟が必要かを説き聞かせるのだ。そしてこの場面の後には、先の確認を繰り返すことになるが、まずイエスが追いやられる十字架と「一粒の麥」の死。次いでイエスを十字架に追いやる弟子たちが迫られる十字架と「一粒の麦」の死。そして更に読者を含めた人間全てが負うことを迫られる十字架と「一粒の麥」の死。 ―― このように、どの福音書に於いても、そこに関わる人間全てが究極は十字架に行き着く運命にあることが示されるのだ。マルコ福音書もマタイ福音書もルカ福音書も、そしてヨハネ福音書もまた、イエスの十字架を核とし、それぞれの立場から「ユダ的人間論」と「キリスト論」を記しているのだ。ドストエフスキイがアリョーシャを置くのも、この「イエス受難史」の文脈であることは明らかである。

 なお「イエスの言葉」に関する更なる検討と、それがアリョーシャ造形に於いて持つ意味については、(★)で示した註を参照されたい。

 

 以上、『カラマーゾフの兄弟』の冒頭「ある家族の歴史」を検討することから、ドストエフスキイが主人公のアリョーシャを如何なる構図の下に造型し、如何なるドラマの流れの内に置こうとしていたかが明らかとなった。イエスの言葉と向き合い、やがてはその十字架を自らの背に担うことになるであろうアリョーシャ。しかしこの青年は「駆け出しの博愛主義者」とも記される。作者ドストエフスキイは、イエスに応えて十字架の運命を担い切る力を、未だ彼に与えてはいないのだ。アリョーシャの成長史とは、「偉大なる罪人の生涯」として描かれることになるのだろう。だが我々はこの青年が辿る運命について考える時、その心の奥深くにイエスとその十字架が刻み込まれていることを忘れてはならないであろう。



おわりに

 以上のことを踏まえ、改めて「聖ブラクセディス」を見てみよう。

ブラクセディスが十字架を両手でしっかりと握り締め、首を切り落とされた殉教者の血を壺に絞り入れる姿、そして彼女の憂いに満ちた美しい表情と、愛情に満ちた静けさを湛えた表情には、フェルメールがこの絵に込めたメッセージがこの上なく明瞭に表現されていると言えよう。フェルメールは、この殉教者がイエスの 「人もし我に従ひ來らんと思はば己をすて、己が十字架を負ひて我に従へ」という言葉を正面から受け止め、死に至るまでイエスに従ったこと、しかし流された彼の血は決して無駄に流されずに受け止められ、その生命は死を超えた永遠の生命と光の内に招き入れられること、その闇と光のドラマは既にイエスその人により身を以って示されていること ―― これらのことを、十字架を握るブラクセディスを通して描いたのだ。

  「聖ブラクセディス」が壺に搾り入れる殉教者の血。「牛乳を注ぐ女」が壺に注ぎ入れる牛乳。「天秤を持つ女」の絵画空間を縦に走る垂直線。―― これらは全て天から地へ、そして地から天へと真直ぐに伸びる垂直線であり、どれもが皆「唯一つの」「無くてはならぬもの」と人間の心とを結ぶ一本の糸と言えるであろう。フェルメールは若くして既にこの一本の糸が見えていたのだ。そしてこの一本の糸はドストエフスキイによって受け止められる。ブラクセディスとアリョーシャとが兄弟姉妹であるのと同じく、二人の芸術家もまた時空を超えた兄弟なのだ。『カラマーゾフの兄弟』――「兄弟」という言葉の真の意味も、正にここにあると言えるであろう。


                         

                                      聖ブラクセディス」 部分 

   

 最後に「聖ブラクセディス」の真筆性の問題である。

私は絵画の門外漢でしかなく、この問題について口を挟む資格などないのだが、今はこれがフェルメールの真筆だと信じている。その理由を、極めて主観的で恣意的なものでしかないが、以下に記して本論の終わりとしたい。

 先に挙げた写真からも明らかなように、フィケレッリの原画とフェルメールの複写との間に殆ど違いはない。しかし一点、決定的なことは、後者には前者にない十字架が描き加えられていることである。殉教者の切り落とされた首から流れ出た血を壺に絞り入れつつ、ブラクセディスがその手に固く握り緊める十字架 ――フェルメール絵画に於けるイエスとその十字架の意味について様々に検討してきた今、私はこの十字架の存在こそ、この絵がフェルメールよって描かれた決定的な証(しるし)だと考えたい。もしこの絵がフェルメール以外の人物によって描かれたのだとしたら、その人物は福音書のイエスと十字架について、フェルメールを凌ぐ、或いは少なくとも彼に匹敵する知識と理解と愛情を持つ人物だと考えざるを得ない。更にまた「天秤を持つ女」「牛乳を注ぐ女」「聖ブラクセディス」、これらの絵画空間を貫いて走る垂直線 ―― これらの垂直線が持つ永遠感をこれほど見事に描き得た画家が当時のオランダにいたとして、フェルメール以外の誰が考えられるだろうか。寡聞にして、私はそのような画家を知らない。   

 なお「信仰の寓意」については、未だ私には十分に論じる力がない。他の多くの作品と共に、これからの課題である。                 


                               (了)





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